« 第十三試合:無題 | トップページ | 第十五試合:海外武者修行 »

1999年6月29日 (火)

第十四試合:レスリング

<前置き>
これは発行部数9000部を誇る夕刊プロレスというメールマガジンに「KING OF SPORTS」というタイトルで不定期連載しているコラムです。ここにアップするように多少の手直しが入る可能性もありますが。
</前置き>

よく「レスリングがうまい」とか、「アメリカのプロレスラーにしてはレスリングができる」という表現がされる。よく考えてみれば変な話ですよね。だってそう評されるのは”プロ”レスラーなんだから。そこでいう”レスリング”ってなに?アマレスライクな、地味なグランドの攻防のことだろうか。私の頭をよぎるのは昔の新日の前座や、TVクラスでも序盤の静かな闘い、あれかなぁと。そういう意味では今、レスリングのできる選手って限りなく少ない。新日の選手でもそれをじっくり見せてくれる選手は蝶野、武藤ぐらいではないか。

連載遅れまくってるにも関わらず先日桃太郎さんからビデオが届いた。見てから少したっててうろ覚えなんですけど、馬場選手の試合、鶴田がジャック・ブリスコに挑戦する試合、猪木VSルスカ第2ラウンド、藤波、木村のJr戦が収録されていた。

藤波、木村の試合は今のJrのような華やかさはないが、すばらしい技術の攻防と最後は藤波のずるさ^^;;;が見られて非常にすばらしかった。それよりも驚いたのがジャック・ブリスコ。この選手、私のように当時を知らない人間としては、NWAタイトルヒストリーに顔を出していて、ローリングクラッチで馬場を丸め込んだこともあるテクニシャンという程度の知識しかなかった。対する鶴田はまだ若い。全盛期の圧倒的な力はない。しかしその動きはJr時代の馳を彷彿させる、豪快、かつ緻密な一点集中攻撃を見せてくれた。試合運び自体は未熟だけど。鶴田が負けるのは知っている。が、ほんとにブリスコ勝てるのか?という印象を持った。が、ブリスコはすごかった。本当にレスリングができる。攻めさせ、かつじっくりと鶴田のスタミナを奪いきった。まさにNWAチャンピオンの闘いぶりだった。
#私ごときがNWAを語るのはおこがましいですけど。

あぁ、このころのアメリカンレスラーはレスリングができたんだな、そう感じた。日本以上にレスリングのできない選手ばかりになったアメリカ。フレアーを代表とする前時代からの生き残り勢ぐらいだ。そんななかかすかな希望がディーン・マレンコとカルガリー勢。ブレット・ハート、クリス・ベノイ、クリス・ジェリコ。。。惜しむらくはみんな体が小さい。WWFでトップにたち、WCWでも特別な位置をキープするブレット・ハートが異例なのかもしれない。そのブレット・ハート、WWFのトップの座を蹴ってWCWへとやってきた訳だが、当然同調するものと思ったのが実弟オーエン・ハート。ところがオーエンはニューヨークに残った。地元カルガリーでの団体の栄枯盛衰をみたから真田家をきどり、徳川、豊臣の両方に血を残そうとでもしたのだろうか。結果的にではあるがそれは裏目に出た。いうまでもなく先日の事故である。オーエンは紛れもない天才だった。天才すぎた故に勝負への執着(日本では特に必要)、アピール(アメリカでは必須)が足りなかったように思える。しかしまだまだこれからだったろうに。

ハート・ファンデーション。ブレット・ハートをトップに、デイビーボーイ・スミスらをも含んで結成されていたカルガリーコネクション。彼らが一大勢力になっていればアメリカにもレスリングが蘇っていたかもしれない。そしてオーエンの死は、WWFにおけるレスリングの死になっていくのかもしれない。
黙祷。

余談:新日レスリングの権化、藤波が社長就任とか。長州を飛び越えたなぁ。それより藤波は蝶野と結託して、アメリカやFMWなみにヒール社長やってほしいなぁ。正統なレスリングを押し出してるのは蝶野や武藤なんだから。

|

« 第十三試合:無題 | トップページ | 第十五試合:海外武者修行 »

コメント

結局のところ、少し形を変えてこれは
実現した。
次の世代、本来オーエン・ハートが
先頭にいてもおかしくない世代である
クリス・ベノイ、クリス・ジェリコ、
そしてエディ・ゲレロ。他にもジョニー・エース
ら、日本育ちの、元クルーザークラスの
選手がトップに立ち、WWEを盛り立てた。

投稿: ごるご十三 | 2005年12月 2日 (金) 21時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第十四試合:レスリング:

« 第十三試合:無題 | トップページ | 第十五試合:海外武者修行 »