第四十二試合:ちゃんぴおんべると
<前置き>
これは発行部数9000部を誇る夕刊プロレスというメールマガジンに「KING OF SPORTS」というタイトルで不定期連載しているコラムです。ここにアップするように多少の手直しが入る可能性もありますが。
</前置き>
チャンピオン・ベルト、つまりタイトルの権威の凋落を指摘する声は多い。IWGPが、とか三冠が、とか。このご時世にNWAの威光があるわけもなく、権威なんてのは所詮、いかに凄い人間が巻いてきたか、いかにでかい会社が認定しているか、以外にないのだ。後は。。。今、どんな人間の間で争われているか、それだけだ。当然、ベルトは最強のものの証でもない。その団体、もしくはその集団で、”最強”を名乗らせておけば一番客を呼べる、その証だ。
ノアの秋山が新しいGHCのベルトを作るなどと言っているらしい。前に聞いた話では、中堅のためのベルトだったと思ったんだが、いつのまにか新GHCになっているみたい(断片的な情報なので詳しくは知りません)。それを巻いて本家?GHCと統一戦、なんて話に見えた<週プロ斜め読み。
以前から、プロレスファンの友人(wogey?ちゃんと読んでる?)と話していて、「U-30なんていらんやろ」と言われる度に反論してきた。中堅と、成長著しい若手が争うベルトはあっていいと思うのだ。
私が新日を本気で見始めたころ、猪木はNWFからIWGPへの過渡期であったが、それは団体のエースのベルト。他に北米タッグなどがあったが、後にIWGPへのステップボードとなったのはWWFインターヘビーのベルトだったと思う。ロッカメモリアルと紹介されたが、まさに藤波、長州、名勝負数え歌メモリアル。それほど大勢の挑戦者と闘ったという記憶はないが、猪木に挑戦するほどではない外国人選手との防衛戦もあったはずだ。
全日には三層のベルトがあった。ある種”君臨すれども統治せず”の馬場PWF、”最強”鶴田のインター、そして3番手のUN。誰しもがUNを経てインターへ挑戦していった。UNがつまらないベルトということはなく、名勝負もたくさん生んできた。
IWGP、三冠が出来て以降、中堅、若手が争うベルトが無くなった。誰にでもベルトを巻かせてやれ、というつもりはないが、ベルトを持つ、防衛戦を行うということで、初めて身につくプロレスラーに必要なもの、というのがあると思う。だから、棚橋のU-30構想には大賛成なのだ。でも、いつまでも棚橋独占だとつまんないので、そろそろ中邑か柴田、大穴で越前りょー太あたりに取らせてほしいとこだが。
なら、ノアの新GHCにも賛成なのかというと、それは反対。なぜなら、ノアにはMLWなるベルトがある。森嶋が巻いているわけだが、ハーリー・レースの教え子とかがやってるとこかな?せっかくこれを森嶋が巻いているわけで、先日もヨネといいファイトをしたみたいだ。だからこのベルトを若手の登竜門とすればいいのだ。もし、MLWなる団体が今でも活動しているのなら。。。チャンプとして短期でも海外に行かせるべきだ。それがどんな団体であれ、海外で、しかもチャンピオンとして敵地に立つ、これはその世代の選手にとってどれだけの刺激を与えるだろう。
まぁ、ノアと新日の仲が今のところいいわけだから。。。U-30を両団体で共有し、若手の交流をガンガンやる、というのもいいだろうね。国内で、相手の団体のベルトを巻いて、敵地に立つ。結構しびれるよね。IWGP、GHCは、今の三冠みたいに気軽に対抗団体(と書いて協力会社と読むのかもしれないが)に渡せる代物ではない(高山は別ね。外部からの強力な助っ人だから)。だからこそ、このクラスのベルトを取り合って、超ビッグマッチ以外でも対抗戦タイトルマッチを組むべきなのだ。その選手達の成長のためにも。
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