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2004年9月27日 (月)

第四十八試合:文化?

<前置き>
これは発行部数9000部を誇る夕刊プロレスというメールマガジンに「KING OF SPORTS」というタイトルで不定期連載しているコラムです。ここにアップするように多少の手直しが入る可能性もありますが。
</前置き>

野球界がとんでもなくあわただしい。あわただしい、という域を越えて社会現象と言ってもいい状況だ。阪神ファンの私、当然アンチ読売であるから、ナベツネの言うことはいちいち気に入らなかったりする。でも、今回はどうなんだろう、という気もしている。法律上は明らかにスト権がないのは間違いないし、よーわからん企業の参入は過去に1年で転売、なんてごたごたを踏まえてのことだ。もっとも私達(これを読んでる皆様含む)は、楽天もライブドアも、新しい会社だとはいえ、凄い力を持った企業であることを知っている。あの人たちにはそれがわからない、わかりたくない、どうしても1リーグにして、巨人戦をみんなやりたい、ということだろう。裏情報でもないけど、ネット系の企業の参入は、ネット中継とか、これまでの放映権ビジネスの枠組みが壊れることを恐れている、という説もある。

よく比較されるのがJリーグ。こちらは順調にチーム数を増やしている。でも、順風満帆かというとそうでもない。一地域に2チームという、今と同じような状況ではあるが、清水の2チームが合併した。この時もファンは相当荒れた。でも、社会問題にはならなかった。何故?まだサッカーが日本の”文化”にまでなっていなかった、ということではないだろうか。

考えてみれば、Jリーグが出来るまで、日本には野球以外の集団スポーツ?のプロはなかった(あった?)。他のプロスポーツといえば、相撲にせよ、ゴルフにせよ、ボクシングにせよ、個人競技ばかりだ。当然プロレスも。集団競技はいわゆるノンプロという、企業内のクラブ活動の延長。だから景気やら、業績によって消滅するところは一杯あった。特にバブル崩壊以降は酷いものだ。これらは”文化”活動であり、企業の社会貢献。その余裕がなくなったというのが現実なのだろうけど。

プロレスはどうだろう。長嶋が登場して、プロ野球が国民的スポーツになるまでは、街灯テレビ:力道山時代を経て、国民的スポーツだったはず。すでに”文化”になっているのではないだろうか。だから、老舗の全日本はあの状況から持ち直すことが出来たのだろう。零細団体もそれなりに存続し、団体が潰れても、選手たちはそれなりに働き場所もある。

 プロ野球という”文化”があって、そのいいところ、悪いところをきっちり判断して、Jリーグが現れた。プロレスという”文化”を下敷きに、PRIDEやK-1が現れた。でも、やっぱりJリーグがまだ”文化”になりえず、プロ野球がこれほどの社会問題になるのは、やはり歴史、そしてその歴史を刻んできた時代性があると思う。プロレスも、PRIDEやK-1が日本の文化となる前に体制を立て直せば。。。力道山と馬場がいない今、やはりそれは猪木頼みなのかなぁ。

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