第五十試合:鬼嫁
<前置き>
これは発行部数9000部を誇る夕刊プロレスというメールマガジンに「KING OF SPORTS」というタイトルで不定期連載しているコラムです。ここにアップするように多少の手直しが入る可能性もありますが。
</前置き>
「いきなり黄金伝説」という番組を見た。深夜枠時代はちょくちょくみてたけど、今の時間になってからは、あまりうちにいないのでごくまれに見るぐらいだった。なんで見たかというと、最近うちではPCでTVを録画してるのですが、「プロレス」というキーワードを登録してあって、それが入ってる番組は自動的に録画されてるわけです。だから先日の健想の出てた関テレのやつも録画されてたり。
言うまでもなく健介、北斗夫妻が夫婦で一週間いくらで生活できるか、というやつに出てたわけだ。かわいらしくてけなげな上島竜平の嫁さんにも驚いたわけだが、やっぱ北斗がいかに良妻であるか、ということがひしひしと伝わってた。ナスを食べながら、健介が怪我で全く試合の出来なかった時期、毎日ナスばっか食べてたよな、などという話があったり、とにかくこれまでのいろんな苦労を経て、ようやく夫婦になれたよな、という感動話満載。まぁやらせがあったにせよ、だ。
その昔、調べてみると1999年、夕プロ何号に載ったかは探しきれないが、うちのバックナンバーでは1999年1月18日にアップしている第九試合:「1999」(って、5年前?40試合前?長いなぁ私も)で、その年のドームであった健介対大仁田の試合についてこう書いている。
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健介VS大仁田
やっぱ大仁田の勝ちだなぁ。TVで見る範囲、有無を言わせぬほど健介が大仁田を潰したとは思えない。以前蝶野が冬木や中牧と戦った時ほどの強さは見えなかった。やりたいことやらせてその上で勝つ、とか、まったくなにもさせず、完膚なきまでに叩き潰す、そのようなプロレスラーとしての凄みが見られなかったように思う。
入場から退場まで、TVだと試合後のインタビューまでがプロレスラーの仕事(というか見せ場)。確かに大仁田生き方は否定できない。そこまでの生きざまを健介は持っていない。。。。
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北斗と結婚したとき、よく友人に話していた。「北斗にプロレス教えてもらったら?」とか「マネージャーしてもらったら?」と。私自身、それほど北斗のことを知らなかったのだが、友人曰く「女猪木」である、と。卓越したプロレス頭の持ち主で、すばらしいマイクパフォーマンスをするレスラーであると。ラスカチョを育てたのも北斗のはずだよね。
体力、腕力こそあれ、プロレス頭的にはさいてーだった健介。でも新日でトップをはってた間は、北斗はそれほど口を出さなかったんじゃないかな?それがWJ崩壊>フリーになり、食うにも困るような状況を経て、完全にマネージメントを行うようになったのだろう。その結果、上がれるリングなら全て上がるようになった。闘龍門でフロリダブラザースの兄弟となり、DDTで健心と出会い、どインディーからルチャ団体まで。昔の健介では絶対に考えられない、明るく楽しいプロレスもできるようになった。フロリダブラザースとの絡みなんて、上質のプロレス頭がなければとてもできない。どう考えても北斗が入れ知恵して、尻叩いたに違いない。
そうやって古巣新日に上がり、準メジャークラスの団体にも上がるようになったが、その立場は高山、天龍、みのるに並ぶ、フリーの外敵軍の一角を占めている。以前の健介のままだったら無理だっただろう。
WJの頃にマグマだのボルケーノだの言って、噴火したかのような表現をしていたが、結局その後に噴火したのだ。妻子を、弟分や中島を食わせていくために、ある意味「なんでもあり」のプロレスをやり、そこで吸収してきたものを全てぶちまけた大噴火だ。
今の健介は、勝っても負けてもいい試合、いい仕事のできるレスラーとなった。今なら、大仁田と絡んでも生き様でひけをとらない。人生そのものを見せ付けられるプロレスラーとして、今、日本一なんじゃないだろうか。
苦労を経て、本当に夫婦になった、と番組で語っていたが、苦労を経て、脱退、団体崩壊、師匠との別れ、独立、負傷、守るべき家族(中島とか含む)をもち、その人生をさらけ出して何でもできるようになって、初めて本当のプロレスラーになった。中途半端な位置にずるずるといるレスラー諸氏、みならってくれい!
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