2007/07/30

視力矯正手術顛末記(三:死闘編)

7月14日:翌日検査の日。起きた瞬間は特になんともなかったのですが、目薬を入れたあたりから疼痛が。これでは出歩くのも困難、と思い、あまり使わないほうが、と言われてた痛み止め目薬を入れて落ち着かせて出撃。10時半から、とのことだったのですが、10時前に梅田についてしまいます。

あせりました。場所が分からなくなってるんです。ってのも、細い通路の奥、なのですが、開店(違)前は通路入り口のドアが閉まってて、かなり外側のほうの看板しかなくて、「あれ?どこだっけ?」状態。しばらくうろうろしてると、ナースなおねぇちゃんがドアを開けたので、間違ってないことを確認(苦笑)。

んで、10時半ちょっと前に入って少し待つ。また視力検査やら少しやって医者の診察。この時点でも0.8~0.9出てましたが、前日より少し文字がぼやけで来てました。診察では順調です、とのお言葉を頂く。ただ、ちょっと痛みがあり、痛み止めの目薬を使ったことを説明。この目薬は使い捨てに近いもので、あけた当日中は冷蔵して保管して、その日限りで、ということだったのですが、もらっていたのが2本だったので、追加で2本もらっときます。次の3日後検診を楽しみに帰途に。というのも、早い人は3日後検診の時点で保護用コンタクトを外せるらしいので。

が、こっからが死闘の始まり。クリニックを出たあたりから、じわじわと目が痛くなってきて、だんだんあけてられなくなってくる。電車に乗ってる間はいいんですが、乗り換えの時とか。。。守口駅から自宅に戻る間なんて、ほとんど目が開けられない状態。

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2007/07/25

視力矯正手術顛末記(ニ:三宮編)

7月10日:直前検査
CustomView(以降CV)は梅田ではできなくて、三宮でしか出来ない。必然的にそのための検査も三宮で、ということでここからは三宮になります。計画では13日に休暇取って手術、三連休中に回復、という段取りなので、その3日ぐらい前、ということで10日。ただ、仕事抜け出してからなので、一番遅い時間にしたんですが、それでも18時半。神戸って、もちろん何度も行ったことあるんですが、どうも距離感ってか時間間隔があんまりなくて、16時に会社抜け出す。えぇ、早すぎですよ(苦笑)。

周辺あちこちぶらついて、検査開始。何度もやってるような検査に加えて、ちょっと違った検査もやる。っても、基本的には座って機械覗いてるだけなんですが。

その後採血。これは上皮の回復を促すための、自分の血液から分離した血清を基にした目薬を作るため。横には献血会場でみたような遠心分離機がありましたよ。

さくさくっと検査も終わり、出来上がった目薬もらって退却。

7月13日:手術当日
12時から、ということで10時半ぐらいに出ればよゆー、とか思ってたんですが、ちとだらだらしてるうちに、結構タイトな時間になっちゃって、あわてて出発。まぁ余裕で間に合う。

受付で保護眼鏡について聞かれる。紫外線対策や、ゴミ対策だったりで、手術後しばらく外出時は保護用に眼鏡を掛けないといけない。もちろん度の入っていない、紫外線カットのやつなんだけど。で、デザインさえ気にしなければ、料金内に含まれてるので無料。ゴーグルみたいな、いかにもってのではなく、ほんと普通の眼鏡なんですけど、カゴに入ってるのを見せられて。。。まぁ普通の今時のやつばっかなんですけど、セルフレームのって今まで使ったことないし、なんか凄まじく似合わない気がして気が乗らない。結局2000円で今の眼鏡のレンズを交換してもらうことにする(色つきだと3000円だか4000円だか)。

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2007/07/21

視力矯正手術顛末記(一)

さて、やる、と決めて、最初にするのはリサーチです。ネットジャンキーの私ですから、調べものといえばぐーぐるせんせーです。結果は皆様お試しいただければわかるのですが、情報サイトに見えてどっかの業者の宣伝サイトだったり、みたいなのが結構上位に来ますので、そのあたりちゃんと意識して見る必要があります。

あと、提灯記事系でない、本当にリアルな情報を収集するのに最高なのは。。。やはり2ちゃん。もちろんネタがネタですので、全部アンチな人や、方式ごとにアンチ、な人、宣伝だろそれ、な人、いろいろ混ざってますので、有益な情報を読み解く能力は当然必要です。

そういうリサーチ結果が以下。

  • おおよそ費用は25万。
  • リスクが0ではないので、眼科医が常駐してるところが安心。
  • 実績多いところが当然安心だけど、流れ作業的に扱われるとこもあるらしい
  • 有名どころでも評判の悪いとこはある

術後に出た問題としては、

  • 思ったような度数がでなかった
  • ライトがにじんで見えて、夜間の運転が怖い
  • フラップ(後述)がずれたり。。。

あれ?あとなんだっけ。忘れた。

そんなこんなで最終的に「神戸クリニック」を選びました。サイト見ればわかりますが、トップが乙葉@藤井嫁。藤井からの流れでやったらしい陣内@藤原夫や、杉浦太陽@ウルトラマンコスモスにして、うちの近所出身にして、辻ちゃんの旦那、とか、野球関係、Jリーガーなどのスポーツ選手ら、とにかく有名人の実績がばしばし。

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2007/07/19

視力矯正手術顛末記(序)

視力が落ち始めたのは小学校高学年のころ。中学までは結構身長が高いほうだったので席は後ろのほうになることが多かったんですが、だんだん黒板が見えなくなってきてました。まぁ、当時好きだった子が同じぐらいの身長で授業中だけ眼鏡してたんで、ちょっとどきどきしながらその眼鏡借りたりなんかしてたり、というのもいい思い出(馬鹿)。

中学に入ってもう無理、と眼鏡購入。当時はまだ授業中だけだったかな。高校入ったらもうだめ。常時眼鏡。学園祭でライブやるときだけはいやで、ステージ上がってセッティング終わったら眼鏡をアンプの上において、後は客の顔なんか判別不能状態でやってましたわ。

そんなこんなで、会社入ってもまだじわじわ視力が落ちて。仕事のせいもありますが、根本的に活字ジャンキーで、ガキのころから布団の中で本読んだり、とにかく原因はいろいろ。

時々あちこちで泣きいれたりしてますが、とにかくいろいろ劣等感あるんですが、108あると言われる(誰が?)私の劣等感の中でも近視ってのは結構重いウェイトを占めてました。スポーツ全般不自由だし、釣りの時はもちろん、ピーの時も(爆)。今から7,8年前だったか(もうちょい前か?)に、ついにコンタクトを使い始めました。どうせなくしたりするだろう、と二週間使い捨てと一回使い捨てを併用して。でも例の東京出張三昧中、9時から22時までずっとPCに向かってる、なんて状態が続き、目の乾きに耐えられなくなったのと、2回目ぐらいの沖縄直前に新しく作った眼鏡が非常に軽くて楽だったので、また眼鏡主体に戻り、コンタクトは遊びに行くときだけ使用に。

が、Mixiで会長さんが指摘されたことにもちょっとかかわるのですが、何もかも停滞状態の昨今を打破するために、いろいろと変わっていこうと考えていまして。その中で、ずーーーーっと興味を持ってた視力矯正手術をやってみようかと。やるならもう勢いでこのタイミング。夏の某茄子もらったらやるぞ!と。その頃wogeyと話をしてて、共通の知り合い(一応匿名にしとく、ネットの友人だけど)がやったらしい、人生変わった、らしいよ、という体験談を聞くにつれ、思いは加速されていきました。

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